夫の容体が悪く動かす事もできなくて、病院に連絡したら
電話の向こうで、お医者さまが119番して下さいました。
夫が日々衰弱し、目が離せません。
医師からは「延命治療を望みますか?」と聞かれ、夫は拒否しました。
死を見つめて闘う中、気がつけば死を超越し、
霊界から地上世界を見つめる視点へと切り替わっている自分がいます。
死は特別な事件ではありません。
誕生と死はもともとセットです。
人生は死に向かって突き進みながら結実させてゆきます。
全ての人は
死の一瞬を目指して誕生し、
死の一瞬を目指して結婚し、
そして人生の卒業式を前にした高齢者は
地上でなすべき責任を果たしたか?神の元へ帰る資格があるかを自問する
人生で最も緊張した時間です。
本来、死は決して不幸ではなく最高に幸せな瞬間です。
「お誕生、おめでとう」
「ご結婚、おめでとう」と祝いそして通常、死だけは
「ご不幸」と言われます。
如何なる人も死を通過しない人は居ないのですから、
最後が不幸で終わるなら、人生は不幸であることになります。
不幸の出発点として誕生があるとすれば、人生の意味自体が不幸となります。
胎内生活が地上生活に備えたものであるように、
地上人生は、死後の霊界生活の備えに過ぎません。
地上人生において最大に知るべきことは、
霊界にこそ、人生の究極的目的があるという事実です。
であれば
死は誕生よりも、結婚よりも、更に大きな喜びをもって
「おめでとう!」
と言える輝かしい価値を持たせなければ、生まれた意味がありません。
人生とは
生まれる前から「如何に死ぬか」という事の為にある
と言っても過言ではありません。
特攻隊は死に向かって志願し、堂々と進軍し


最高の結実を果たすには、
完全捨て身で
それには
責任を成就した前提がなければなりません。
知恵や技術も、命も、財産も、それら全ての究極の存在目的は
愛の完成にあります。
人は死ぬ時に、何も持って行けません。
全ての所有物は愛を完成させる為に投入し尽くし、
そして霊界へ移動します。
如何に莫大な財産を築いても
それを本来の目的を果たさずに死ねば、悪魔の元へ行くしかない
その意味では死も「ご不幸」な結末となります。
建設的な意味で死は、人生の集大成であり
神さまと完全に一つになることを意味します。
私を生み出して下さった神さま(原因)と、人間(結果)が
親と子の関係で、完全に一致した時、人は完成します。
ハワードストーム氏は20代で美術大学の教授まで上り詰めましたが
最初は霊界を中心とした価値観を持っていませんでした。
●臨死体験、その後与えられた2度目の人生
地上界だけを見つめれば、
自己の財産や地位、名誉を価値基準とします。
ハワードストーム氏は、臨死体験を通して霊界のイエスと親しく交流しました。
その体験を通して彼の人生観は完全に変わりました。
霊界にまで通用する価値…!
これこそが重要で、それ以外はどうでも良いと考えるようになりました。
神さまが喜んで下さる事だけに関心が行くようになりました。














