数年前に、元ペンタゴンに所属しベトナム戦争にも参戦された方から
日本の神風特攻隊について
「あんなものは戦果が殆どなく、愚策である」と、面と向かって非難されたことがあります。
私は本当にそうなのか?と調べました。
その当時投稿したフェイスブックの記事を転載します。
【1】特攻隊の戦果
米第三艦隊司令長官ハルゼー海軍大将は、特攻の戦果は1%だと偽りましたが
後に解除された米海軍機密文書によれば、真実はその71倍であった事が明らかになりました。
大義を掲げて闘った我が国の、死をも恐れない特攻精神が
我欲勢力の兵士の精神までも病むほど甚大な打撃を与えた事実は、
占領軍により作為的に隠されてきました。
日本は、戦後彼らに占領された74年の間に洗脳され
日本人自らが特攻を否定し、効果も出せず誤ったものであったと思い込まされています。
以下引用「世界が語る神風特別攻撃隊」カミカゼはなぜ世界で尊敬されるのか 吉本貞昭著
当時の雷撃と大砲の命中率が2%前後だったと言われていることからも見ても、特攻隊がいかに素晴らしい戦果を上げたかがわかるだろう。
現に、米国戦略爆撃調査団は、「カミカゼ」によって精神に異常をきたした者が50%増加したと報告しているほどである。
戦後67年もの長きにわたって、日本が平和を維持することができたのは
日本国憲法9条のおかげでもないし、日米安保体制のおかげだけでもなく、
神風特攻隊の脅威が周辺諸国に抑止力となって働いていることにあると思っている。
このことは、連合国軍に与えた特攻隊の物質的、心理的効果を見れば明らかであろう。
秘密解除された米海軍機密文書は、1944年10月から翌年3月までの5ヶ月間の記録で、
体当たり攻撃356回、
特攻命中140機、
命中率39%、
特攻機至近の自爆による被害59機、
至近自爆被害率17%、
合計特攻効果率56%、
命中艦船130隻、
沈没艦船20隻
という大戦果をもたらしたことを暴露している。
米海軍対空戦闘報告書から得た記録によると、1945年4月中の戦闘報告書からの記録集計は、さらに日本軍の航空特攻効果が拡大したことを示していた。
【1945年4月中の戦闘報告書からの記録集計】 (米海軍対空戦闘報告書)
特攻攻撃によって損傷を受けたレーダーピケット艦から情報が入らなくなったジャックパトロールは、特攻機を待ち伏せすることができなくなった。
艦船87隻が特攻機の命中を受け、内 沈没が5隻でした。
リチャード・オネイルは、
「ピケット艦への神風攻撃の集中は、自滅戦法である。
失敗以外の何物でもなかった」と述べているが、
これがいかに欺瞞であるかは以上の数字から明らかだ。
沖縄海戦で特攻に攻撃された米軍の太平洋艦隊司令官ニミッツ提督
は「もう耐えられない」と本国に打電したという。
【特攻隊による敵艦の被害の状況】
●フランクリン
1944年10月27日、一機の特攻機の突入を受けた。
修理の後、戦線に復帰したのは、1945年3月18日である。
しかし復帰翌日、今度は通常の爆撃で700名以上の乗員が死亡。
その後、この船が戦線に復帰することはなかった。
●タイコンデロガ
1945年1月22日、二機の特攻機の突入を受ける。
この攻撃で艦長が死亡。
タイコンデロガは6月まで戦線を離脱することになった。
●サラトガ
1945年2月21日、硫黄島で、複数の特攻機による攻撃を受ける。
その後、戦線には復帰していない。
●ランドルフ
1945年3月11日、ウルシーに停泊中、丹作戦の一機の特攻機に攻撃された。
その影響で、4月7日まで、戦線離脱を余儀なくされている。
●エンタープライズ
1945年4月5日、一機の特攻機の突入を受け、
その後は復帰していない。
●ハンコック
1945年4月7日に、一機の特攻機の攻撃を受けた。
戦線に復帰したのは、7月になってからである。
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この他にも、アメリカ軍、イギリス軍合わせて
およそ25隻の空母が、神風攻撃による損傷を受けました。
■第五艦隊司令官スプルーアンス大将
「敵軍の自殺航空攻撃の技量と効果および艦艇の喪失と被害の割合がきわめて高いので、今後の攻撃を阻止するため、利用可能な、あらゆる手段を採用すべきである。
第20航空軍を含む、投入可能な全航空機をもって、九州および沖縄の飛行場にたいして、実施可能なあらゆる攻撃を加えるよう意見具申する。」
このスプルーアンス大将は、乗艦していた戦艦が神風の攻撃を受けたため、
二度目の旗艦変更を余儀なくされています。
日本がポツダム宣言を受け入れるとき、条件付きの降伏であったのです。
アメリカはなぜ無条件降伏にできなかったのでしょうか?
それは沖縄戦でアメリカ兵を恐怖の損底にたたき落としたからだと言われています。
アメリカ軍は沖縄から後退することも前進することもできず
特攻機の的になったまま引き続きアメリカ兵は沖縄の湾に張り付きになり
恐怖を味わい続け精神までおかしくしたのでした。
これでは本土決戦など考えられないとアメリカは判断しました。



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