
今日は4月28日…本来は、主権を回復した筈の日。
芹沢光治良の著書「人間の運命『遠ざかった明日』」(1972年)を想い出します。
サンフランシスコ講和条約の締結により、我が国は何から『遠ざかった』のでしょう?
『真の主権国家となる日』です。
そもそも吉田茂首相は何故、署名したのでしょう。

この日、吉田首相は日米安保条約にも署名しました。
つまり占領軍が『居座り続ける』ことが決まった日です。
「主権はまだ回復出来ていない」
…この様に芹沢治良は『遠ざかった明日』と題した本に書きました。
この小説は明治から昭和の終戦、その後の占領下の日本の現実を描き、サンフランシスコ講和条約が締結するところで閉じられている、その最終章を少し引用しながら書こうと思います。
■サンフランシスコ講和条約とは?
親しいモンパルナスのレストランのソムリエから
「今日はムッシュと日本の悲しみに共感を表すためにおごらせてください」
と赤葡萄酒を一ビン食卓に乗せた。
驚いて「日本と私の悲しみって?」と問うと
「ムッシュは夕刊をご覧になりましたか?
サンフランシスコ講和条約が締結されましたね。」(略)
「いいえお祝いではありません。講和条約の条文をよく読んでご覧なさい。
あれでは日本は独立国ではありません。アメリカの属国になったんですよ」
「アメリカの属国だって?」
「日本全土、北から南まで重要な場所にはどこにもアメリカ軍が駐屯して、
陸も海も空も全て日本の安全をアメリカ軍が保障するなんて、
これではアメリカが日本を属国にすることです。
私はムッシュが気の毒で今晩はお慰みするために、私にご馳走させてください」
「かつて日本は世界を相手に最後まで戦った強国です。
これではあまりにもアメリカの思い上がりですよ」
「得体の知れない悲しみと憤りを一身におさえて、日本に早く帰って同胞とともに真実を確かめたいと思います。
そしてこれからこの国が完全に独立を得るために、どれほど長く苦しい国民的努力がいるか」
芹沢光治良著(1972年)「人間の運命『遠ざかった明日』(277頁)
芹沢光治良著(1972年)「人間の運命『遠ざかった明日』(277頁)
教科書では独立したと教わります。しかし現実は全く違っていた。
長文を避け、流れをザっと画像にしてみました。

日米地位協定は、何故できたのか?
日米安保条約は、何故できたのか?
それはまさにサンフランシスコ講和条約を結んで占領政策は終わる。その終わった後、米軍基地はどうなるのか?と。
基地を失いたくない(占領し続けたい)アメリカが「講和条約は結ぶが基地を置き続ける為に作った」
それが日米安保条約です。
それが日米安保条約です。
そしてその基地を維持する為の基本的な枠組みが地位協定です。
つまり占領政策を延長する為に地位協定を作り、
それを正当化し、力を維持する為に日米安保条約を突き付けました。
そうしてアメリカはサンフランシスコ講和条約の場に立ちました。「日米安保条約を受け入れなければ独立させないぞ」と恫喝して…
上の画像を時系列に右から見てゆきますと、1951年1月、ジョン・フォスター・ダレスは戦後原爆利権で暴利を貪ったロックフェラー三世らを引き連れて来日しました。
余談ですが、ロックフェラーと言えば彼の財団はGHQ占領時の1948年にも来日し
背後で政治家を操り悪名高き「優生保護法」と罰則付き「予防接種法」を制定させました。
つまり戦後のベビーブームを強制終了させた立役者です。
同年南アフリカのアパルトヘイト政策として、同様の事をして黒人の人口削減に関与しました。
この様な者達が日本へ来て何をしたか?
先ず事前に作成していた
「我々が望むだけの兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を有する。
これがアメリカの目標である」
これは属国状態を実質継続させるという強い意志の現れです。
さすがにこのアメリカの言い分は、日本国民に知れると不都合である為
この事は「在日米軍基地に関する秘密報告書」1957年2月14日 でも明らかです。
(※駐日アメリカ大使館から米本国に出されたもの)
内容は、
「駐留米軍の権利について、占領期から独立以降にかけて、ほとんど変わることなく維持され軍事的には占領体制をそのまま継続する」
というものです。
米軍が日本に居座る口実をつくる為にアメリカは
同時並行で朝鮮戦争を仕掛け、ワザと米軍(国連軍)が負ける事で共産主義勢力の脅威を見せつけました。
米ソはヤラセ冷戦で水面下で繋がっており、スターリンは国連軍の編成に賛同していた為、
国連安保理にソ連代表を欠席させました(グロムイコ回顧録)。
敵国が使用したロシア製の兵器は、アメリカの資本家が建設した工場やアメリカの技術でまかなわれていました。(ベトナム戦争も同様)
我が国は占領中であり、米国から参戦しろと強要され参戦、戦死者も出ました。
勿論当時日本兵に対する指揮権は米軍(←この属国のカタチは、今も有事の際は同じ)です。
そしてこのアメリカが仕掛けた戦争で
米軍の指揮の下で戦死した日本人は
〔アメリカが製造した武器=敵の武器〕で戦死したのです。
我が国は占領中であり、米国から参戦しろと強要され参戦、戦死者も出ました。
勿論当時日本兵に対する指揮権は米軍(←この属国のカタチは、今も有事の際は同じ)です。
そしてこのアメリカが仕掛けた戦争で
米軍の指揮の下で戦死した日本人は
〔アメリカが製造した武器=敵の武器〕で戦死したのです。
国連軍は不自然な戦い方をして、敢えて敗戦しました。
お蔭で占領軍は日本に居座り続けることが出来ています。
お蔭で占領軍は日本に居座り続けることが出来ています。
日本の戦後体制(アメリカの属国)は、朝鮮戦争レジームとも言い換えられます。
その本質は旧安保条約第一条
【アメリカは米軍を日本およびその周辺に配備する権利を持つ】
これが全てです。
占領軍はサンフランシスコ講和条約後も、
日本に居続け、国境を越えて東アジアで軍事行動ができる状態にした。
日本に居続け、国境を越えて東アジアで軍事行動ができる状態にした。
これが日米安保条約の狙いです。
先ずサンフランシスコ講和条約の調印式(1951/9/8) の前日、
日経新聞(2012/12/29)によりますと、深夜11時頃、西村熊雄 外務省条約局長がGHQ外交局長シーボルト大使から呼び止められ、翌日午後5時に安保条約の調印をするよう指示されました。
西村氏は後にこの件について「代表団の多くが失望感を懐いた」と記録しているそうです。
当然です、一見独立したかのように見せかけて、占領を続行させる。「隠れ植民地・日本」を喜べるわけがない。
当然です、一見独立したかのように見せかけて、占領を続行させる。「隠れ植民地・日本」を喜べるわけがない。
ところが吉田茂首相は違ったとのこと。議員団の一員として現地にいた吉田側近の福永健司衆院議員によると、吉田は賛成だったそうです。
↓そうして吉田首相が一人で臨んだ日米安保条約の調印式。

吉田首相を後ろから見下ろすアメリカの要人の表情は嬉しそうですね。
真ん中にいるのがジョン・フォスター・ダレスです。新世界秩序樹立に熱心でした。ちなみに彼の息子はローマカトリックの枢機卿でした。

ケネス・ウォルツ(米国際政治学者。カリフォルニア大学バークレー校名誉教授)はこう述べています。
これについて偶々お二人の元陸将のご見解が近いものでした。
↓そうして吉田首相が一人で臨んだ日米安保条約の調印式。

吉田首相を後ろから見下ろすアメリカの要人の表情は嬉しそうですね。
真ん中にいるのがジョン・フォスター・ダレスです。新世界秩序樹立に熱心でした。ちなみに彼の息子はローマカトリックの枢機卿でした。

ケネス・ウォルツ(米国際政治学者。カリフォルニア大学バークレー校名誉教授)はこう述べています。
過去300年間、米等の覇権主義国家は同盟国を何度も騙したり、裏切ったりしてきた。自立する努力をしない国(日本)は、その無責任な外交態度をいずれ後悔する事になるだろう。
さて、今米中が覇権を争っています。これについて偶々お二人の元陸将のご見解が近いものでした。
我が国は今こそ、真の主権国家として立ち上がるべきです。
弱肉強食主義の米中の争いではなく、
『人格大国・日本』を目指して!
~~~ご参考~~~


→その2につづく



