さくら子

日本(ひのもと) さくら子です。 国難を乗り越え、美しい日本を取り戻す「モデル都市建設」に挑戦中です(*^_^*)v (アメブロでアカウント削除(BAN)によりこちらにお引越ししました(^-^)♪ )

タグ:パレスチナ

昨日の投稿でベンジャミン・フリードマンの証言をご紹介しました。
ではあの “お気の毒なドイツ” から「何故?」「どのようにして?」悪名高きヒトラーが登場したのでしょうか?

パレスチナへの偽ユダヤによる侵略計画は、フリードマンの証言にあった「バルフォア宣言」よりずっと以前からありました。
1897年最初のシオニスト会議が、スイスのバーゼルで開催されました。
シオニズムとは、前回も書きましたが
『聖地』とは縁もゆかりもない偽ユダヤ人(アシュケナージ)による政治活動です。彼らは共産主義や社会主義の後ろに数百年間隠れて活動してきました。
このシオニスト会議で偽ユダヤ人国家の建設が決定されて場所を探し始めました。
その時英国がアフリカを提供しました。しかし、シオニストたちは断ってパレスチナを望みました。
結局シオニストたちがパレスチナを自分たちの土地と決定したのです。
 シオニスト会議  1897年バーゼル パレスチナの植民地化を決定s
シオニスト会議  1897年バーゼル)
そうは言っても国際世論が気になります。
ところがその後、第二次世界大戦での「ユダヤ人に対するホロコースト」
が起こり1947年国連は、アラブとユダヤ人にパレスチナの領土をそれぞれ半々ずつ分割統治するよう提案しました。 
当時ユダヤ人はパレスチナに住むアラブ人の10%にも満ちませんでした。
それなのに半分ずつ分けるというこの決定を、アラブ人たちは当然反対しましたが、
結局、国連と米国の後見で1948年5月14日、ユダヤ人たちはイスラエルの独立を宣言しました。

このようにしてイスラエル建国がなされた裏で
第二次世界大戦前、当時ドイツと敵対していたアメリカがドイツに莫大な資金を流していました。
世界の悪の根源―アメリカとバチカン(イエズス会) より抜粋します。

「わが国家銀行の預金者らに属する莫大な金額が、一切の担保保証もなく、ドイツに贈与された。・・・

1932 年4月27 日、連邦準備団体は、米国銀行の預金者らに属する75万ドルを、金でドイツに送った。

一週間後、さらに30 万ドルが、同様の方法でドイツに送られた。

5月中旬ごろには、連邦準備銀行により、1200 万ドルが金でドイツに送られた。ほとんど毎週、おびただしい量の金塊がドイツに運ばれたのであった」(H・S・ケナン著、連邦準備銀行、158 ページ)。

ヒトラーが行った数々の残虐行為は、法王教の「原則」であると専門家は述べています。

アフロ・マンハッタン著「バチカンとモスクワとワシントンの同盟」

バチカンは、ヒトラーの手助けをして権力を握らせ、それからさらに、ドイツでの支配力を強化する手助けをした。

ドイツのカトリック政党に、ナチスの候補者に投票するよう助言することで、これを成し遂げたのである。

1933 年、合法的に政府を組織するのに必要としていた過半数票をヒトラーに与えたのは、カトリック票であった。

これに加えてバチカンは、ヒトラーに支配権を与える法律を支持するために、国民議会のカトリック議員らに命令を出した。

この処置が、ドイツ共産党をやっつけるためにヒトラーが必要としていた

独裁権力を、彼に与えたのである。

1933 年1月、ヒトラーがドイツの長官になる前、バチカンとヒトラーの取引は、秘密裏に行われていた。

同年6月、ヒトラーとバチカンは、教会はナチス政権に忠誠を誓うという文言を入れて、政教条約に署名した。・・・

その後、間もなくして、序列においてヒトラーの次の地位にある、カトリック信者のフランツ・フォン・パペンは、ヒトラーとバチカンの同盟について、極めて簡潔に『第三のドイツ帝国』と呼び、さらに『それは、法王教の高い諸原則を認めるだけでなく、実践する最初の権力である』

と述べた」(42、43 ページ)

 

The GODFATHERS」教父達より

ドイツの新しいローマ・カトリックのスターが準備されつつあった。彼の名前は…アドルフ・ヒトラーである

司祭は「我が闘争」と呼ばれる本の執筆に忙しくしていた。

イエズス会の神父で(略)、この本はヒトラーがドイツを乗っ取るための、イエズス会の基本計画であった。

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ヒトラーはバチカンによって選ばれた。

教皇ピウス11世がヒトラーを支持していることが知られるようになった時、ローマ・カトリック信者の票は、1933年ヒトラーを権力へと押し上げた。

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ドイツが戦闘機製造に忙しくしている間に、イエズス会はヒトラーの侵略のスケジュールに間に合うように、侵略予定の国において忙しくしていた。

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イエズス会士はカトリック信者に、教皇がヒトラーの背後にいるから、その時が来たら、カトリックのナチ軍隊に仕える準備をしなさい、と言っていた。

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教皇ピウス12世が権力の座に就いた。彼はナチの勝利を祈っていた。

ヒトラーはヨーロッパにおいて急襲を開始した。すると第二次世界大戦が勃発した。

ドイツ、イタリアそして日本が世界と戦い、何百万人もの人が殺され、傷つき、致命傷を負った。6年もの血みどろの間、戦争は続いた。

リベラ博士(元イエズス会士)は、ヒトラーの最大の軍の情報源はバチカンからで、世界中のローマ・カトリックの告解によってもたらされたものだと信じている。

ドイツの諜報部、あるいはゲシュタポは、ハインリッヒ・ヒムラーによって組織されていたが、イエズス会の制度の原則に副ったものだった。

ヒトラーは彼の友人にこう言っている。

ヒトラー:「ヒムラーは我らのイグナチオ・ロヨラ(イエズス会創設者)のようだ。」

多くのローマ・カトリックの司祭は諜報部の黒い制服を着ていた。

イエズス会の神父ヒムラー(ハインリッヒ・ヒムラーの叔父)は、上級士官の一人だった。

650万人のユダヤ人が拷問に掛けられ、死んでいったのは、主にこの組織を通してである。

異端審問はどんどん進行していった。

聖書を信じるプロテスタント(ユダヤ人のために祈り、助けようとした)は

同様に強制収容所行きとなった。

イエズス会に率いられたカトリックのファシズム政党「ウスタシャ」によって殺された。

犠牲者達が受けたものすごい拷問と殺戮は、いずれにせよ書くに忍びない。

多くの司祭達が、カトリックの「ウスタシャ」の殺戮部隊のメンバーだった。

 

1933 年にヒトラーを権力の座へと据えたのは、カトリック政党でした。

ヒトラー 私はイエズス会の命令から全てを学んだ

ヒトラーの登場と同時並行して

アメリカが敵国ドイツに流したのは資金だけではありませんでした。
戦略物資もユダヤ系企業が全面的に支えていました。
●1939年
アメリカでは合成ゴムが不足なのにロックフェラー財団系スタンダード・オイルは
ヒトラーと契約を結び、ヒトラーはスタンダード・オイル製の何種類かの合成ゴムを取得
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●1940年にフォード社ナチス占領地域にあるポアシー(フランスの都市)に
自動車工場を建設
1942年
ナチス・ドイツで使用されていたトラックのうち、約3分の2がフォード製
自動車王ヘンリー・フォードとヒトラー
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●デュポン一族が経営するGMはオペルを通してドイツで
ナチスの軍需用トラック・装甲車、戦車・軍用航空機の本格的な生産
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(国立公文書館と議会図書館の所蔵文書)
ジョージ・W・ブッシュの祖父、プレスコット・ブッシュ
1926~42年にナチス軍拡戦争体制の財政基盤のビジネスパートナー
米国の銀行経営者としてもナチスを支援
ブッシュとヒトラー
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またノーマン・フィンケルシュタインが2000年6月に出版した
『ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』で、
ホロコーストを利用してお金もうけをしているユダヤ人エリート中心の諸団体と機関を告発したそうです。
彼の両親はホロコーストの生存者であるにも関わらず、です。
また、ラルフ・スェンマンが書いた『残忍なイスラエル』は、
エリートのユダヤ人たちが、むしろナチスと協力してユダヤ人虐殺を公認していた
という衝撃的な主張をしたそうです。
むしろユダヤ人たちが、ユダヤ人救出に積極的に反対することまでしたという話です。
ホロコーストが起きた時、米国にいるユダヤ人達は
既に世界の実力者でした。
ホロコーストを通して得ようとする政治的な目的があったのではないでしょうか?

更にドイツとアメリカの深い関係が
ナチスのトップ・スパイが、CIA設立に関与した
こうなれば私たちは、
ホロコーストが単にヒトラーだけの思惑から来ているのではないということが理解できます。
もしかしたら、偽ユダヤ人がナチスという名前でユダヤ人を虐殺したのであって、
ホロコーストは結局、偽ユダヤが作り出したものだとしたほうがスッキリするのではないでしょうか?

国連と米国の強力な支援で、
2千年間住んでいたパレスチナ人を追い出してイスラエルを建国しましたが、
事実上それはパレスチナに米軍基地を建てたことです。
イスラエルのパレスチナ侵略について ジョン パーキンス

現代のイスラエルは『聖地奪還』ではなく、
主にアメリカを牛耳るユダヤ系国際資本家達とバチカンの<作品>ではないでしょうか。

第二次世界大戦時のナチス ヒトラーとアメリカ企業の協力関係について書く前に
今迄のおさらいですが…十数年前のこのシュロモ・サンド教授の記事は今迄何度かご紹介しました。
古代ユダヤ人の子孫はパレスチナ人


最初のシオニスト会議は  1897年、バーゼルで開催。
シオニスト会議  1897年バーゼル パレスチナの植民地化を決定s

アブラハムの血統ユダヤでない白人の彼らがイスラエル民族を騙り、先ず
パレスチナ人から土地を奪うことを正当化する為に

「2千年の離散の苦しみ」という理由が必要だったという『事情』を前面に出しました。

更に…
後でご紹介する本
『ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』
からも分かるように

「彼ら」によるパレスチナ侵略、即ち「いわゆる・聖地奪還」を正当化する前提としてアメリカのホロコーストへの支援がありました。


敵国を装い、アメリカ資本は、ドイツを支援していた。
これらの動機づけとなった『優生学』もアメリカ

このアメリカの常套手段はことさら驚くこともありませんが
ホロコーストにもあからさまな国際金融資本のマッチポンプがありました。
ヒトラーとアメリカ多国籍企業の関係

第二次世界大戦は茶番 ナチスと米国の癒着a
●1939年

アメリカでは合成ゴムが不足なのにロックフェラー財団系スタンダード・オイルは

ヒトラーと契約を結び、ヒトラーはスタンダード・オイル製の何種類かの合成ゴムを取得

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●1940年にフォード社ナチス占領地域にあるポアシー(フランスの年)に

自動車工場を建設1942年

ナチス・ドイツで使用されていたトラックのうち、約3分の2がフォード製

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デュポン一族が経営するGM

GMはオペルを通してドイツで

ナチスの軍需用トラック・装甲車、戦車・軍用航空機の本格的な生産
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ナチスに第二次世界大戦前、莫大な資金をアメリカから流していたのが、

ジョン・フォスター・ダレスと弟のアレンダレスでした。

後のアメリカの国務長官とCIA長官です。

このジョン・フォスター・ダレスが、第二次世界大戦後、

当時のアメリカ大統領デューイの外交政策顧問を務めており、

大統領の選挙選ではパレスチナのユダヤ人国家設立を要求する政策を立案しました。

そうして1948年、アメリカと国連がイスラエルを建国しました。

そもそも

ホロコーストを機にシオニズム運動が触発されたわけですが、

シオニズムとは共産主義や社会主義の背後で長く隠れて活動してきた

東欧の偽ユダヤ人(アブラハムの血統ユダヤではない)の政治活動です。

繰り返しますた「彼ら」は聖地エルサレムとは縁もゆかりもない人達です。

ホロコーストという話は

パレスチナ人を虐殺(民族浄化)し、侵略を正当化する上で、

実に都合のイイお話でした。

ノーマン・フィンケルシュタインが2000年6月に出版した

『ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』で、

ホロコーストを利用してお金もうけをしているユダヤ人エリート中心の諸団体と機関を告発したそうです。彼の両親はホロコーストの生存者でした。

また、ラルフ・スェンマンが書いた『残忍なイスラエル』は、

エリートのユダヤ人たちが、むしろナチスと協力してユダヤ人虐殺を公認していた

という事が書かれています。

ユダヤ人たちが、ユダヤ人救出に積極的に反対までしたのです。

ホロコーストが起きた時、既に米国にいるユダヤ人達は世界の実力者でした。

ホロコーストを利用して得られる政治的利益があったのでしょうか?


日本では、よく三国同盟を結んだ当時の外相・松岡洋右を非難する声があります

「日本がドイツと組んだりしたから、アメリカ様がお怒りになったのだぁと…

しかし繰り返しになりますが、アメリカは表向きドイツに対し敵国として装いながら、アメリカの政治家を操っている資本家達はドイツを支援していました。


ドイツの平和運動家オットー・レーマン・ルッシュベルト著『Aggression(侵略・アグレッション)』にはこう書かれています。

「ヒトラーは 1933 1 4 日、ベルリンのシュローダー銀行で開かれた会合に招かれた。」 

この 1933 1 4 日の会合にはシュローダー銀行の代理人であるニューヨークの法律事務所のジョン・フォスター・ダレス(後のアメリカ国務長官)と、

アレン・ダレス(アメリカCIA 長官の兄弟が出席していた。
アメリカの資本家がドイツに資金援助をした
という事です。

資金だけではありません。
●1939年

アメリカでは合成ゴムが不足なのにロックフェラー財団系スタンダード・オイル

ヒトラーと契約を結び、ヒトラーはスタンダード・オイル製の何種類かの合成ゴムを取得

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●1940年にフォード社ナチス占領地域にあるポアシー(フランスの年)に

自動車工場を建設1942年

ナチス・ドイツで使用されていたトラックのうち、約3分の2がフォード製

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デュポン一族が経営するGM

GMはオペルを通してドイツで

ナチスの軍需用トラック・装甲車、戦車・軍用航空機の本格的な生産

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つまり
ドイツ軍空軍機が使っていたガソリンは、アメリカのスタンダード石油から買ったもので・・・

迎え撃ったイギリス空軍のスピットファイア戦闘機もアメリカのスタンダード石油から買った石油で戦った。
更に、後に第二次大戦に参戦した
アメリカの戦闘機もスタンダード石油の石油で戦ったのです。
しかも、ドイツはどこからそのスタンダード石油を買ったかというと、
まさに戦争をしているイギリスを経由して買ったわけです。

だから、完全に茶番♪なのです。
そんな中で殺し合いをして何千万人も死んだのですが
彼らが戦えば戦う程、アメリカの多国籍企業はぼろ儲けをした。
…というお話です。
更に…後にCIA長官になったアレン・ダレスは,このスタンダード石油の顧問でもありました。
更に…ジョン・フォスター・ダレスの息子は
イエズス会で、枢機卿という高い地位(ローマ教皇の次に高い)でした。

そして…ニュルンベルク裁判の記録では
ホロコーストの背後にある優生学計画」は「アメリカの指示」で行ったと
ドイツ側の証言にあります。
ニュルンベルク裁判記録 第二次世界大戦中のナチスの横暴はアメリカの指示1

さて我が国は、戦後約80年間も
この「アメリカの属領(=属国)」(ブレジンスキーの発言)となっており
米軍は日本の制空権(航空優勢)を握り、多くの占領軍が治外法権で居座っています。
私達は、このアメリカの本質を知るべきです。
出アメリカ!

国民は常に米軍のターゲットになっているss


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